Jul 07, 2010

自分の歯を取り戻したようなインプラント

人生の楽しみのために食べるようにしてくれる人は少なくないでしょう。その大切なものに人がいます。しかし、年齢や虫歯のためにどうしても支障を来すていくこと。入れ歯は、どうしても噛み心地に違和感が残っています。そのような場合には、インプラントが活躍しています。以前に高いコストと長い治療が必要だったのインプラントも非常に手の届くものになってきました。一生式の楽しみのために考えると、自分の歯に近い歯を取り戻すの価格は高くないのではないでしょうか。
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 ■亡き兄にささげた「涙そうそう」

 □悲しみは分かち合える

 東日本大震災で多くの被災者が家族を失いました。その喪失感を思うとき、歌手の森山良子さん(63)は、若くして世を去った兄のことが頭に浮かんで涙が流れます。悲しみ、痛み…。つらい気持ちを和らげてくれたのは、あの「名曲」でした。(竹中文)

                   ◇

 ◆22歳のとき兄を失い

 異常を感じたのは、埼玉県内のコンサートホールに着く直前だった。3月11日午後2時46分。乗っていた車が大きく揺れ、ホールから人が逃げ出してくる。翌日に歌手活動45周年記念公演を控え、この日はリハーサルを行う予定だったが、急遽(きゅうきょ)中止に。公演自体も延期となってしまった。

 テレビでは東日本大震災の甚大な被害が映し出されていた。大切な家族を失った人の喪失感を思うと、涙があふれた。同時に41年前のことを思い出し、胸がしめつけられたという。

 「何やっている。起きろっ」。昭和45年3月、東京都内の実家では、こんな涙交じりの怒声が響いていた。2階の部屋には、1歳年上の兄、晋(しん)さんが眠るように横たわっていた。しかし、息はない。叫び続けているのは駆けつけた10人もの兄の友人たちだった。

 「ただ呆然(ぼうぜん)としていた。兄貴がいないという感覚が取り込めなくて」

 当時は22歳。歌手デビュー4年目で、コンサートにテレビ出演…と休む間もない毎日。訃報は、そんな充実した人生のさなかに届いた。急性心不全による突然死。旅行会社に勤めていた兄は、前日まで元気だったが、翌朝布団の中で冷たくなっていたという。

 小中高と同じ学校に通った兄は、何でも話ができる頼れる存在だった。死の前年には、シングル「禁じられた恋」がミリオンセラーに。多忙を極め、家族から離れていく自分に、兄が亡くなる直前、一言だけ苦言を呈したのを覚えている。「お父さんとお母さんに心配かけるなよ」。家族愛の強い兄らしい言葉。これが最後の会話となった。

 ◆老いた父と母

 1年後、大きな転機が待っていた。結婚し、長女も生まれたのだ。兄が大切さを諭してくれた「家族」を新たに持つことの喜びは大きかった。いずれは「家庭に入るため、歌はやめようと思っていた」という。

 しかし、老いた父と母を見て、心境に変化が生まれた。葬儀では、あんなに気丈だった母が、一周忌の席で声を上げて泣いたのだ。それに、ジャズ・トランペッターの父は、兄の遺体に「おいっ」と叫んだ日から、片耳が聞こえなくなってしまった。そんな両親に接し、「私が面倒をみなければいけない時期がきたんだ」と自覚したという。

 同時に、夫との仲もぎくしゃくし始めていた。ほどなくして別居し、実家で両親と同居する生活が始まった。子供と両親を抱え、どうすべきか。約1年間、出産前後の休みを経て出した結論は音楽活動の再開だった。

 その後は一家の大黒柱として、仕事に励んだ。夫とは数年後に離婚。さらに別の男性と再婚、離婚を繰り返した。

 親友や親にすら言えない悩みは、誰にも一つぐらいはあるだろう。それに生来の負けん気が邪魔をし、仕事でつらいことがあっても周囲に打ち明けることができない。そんなときは、どんな愚痴もじっと聞いてくれた兄を思った。大切な人を亡くした悲しみも、年月を重ねれば薄らぐものだ。が、兄だけは違った。時間がたつほど、存在の大きさを実感し、逆に悲しみが増していく。思い出すと、必ず涙がほほを伝った。

 ◆思いを詞にのせて

 きっかけは、一本のテープだった。平成9年、沖縄出身の3人組「BEGIN」から届いたメロディーは、ラジオの公開録音用として、自分で詞をつけて歌うために依頼したもの。中には、「涙(なだ)そうそう」と書かれたメモが入っていた。

 「沖縄の言葉で、涙がぽろぽろあふれて止まらない意味と聞き、兄貴を失った悲しみがこみ上げてきて…」。兄のことはいずれ歌にしたいと思っていた。その顔を思うと、自然に詞が口をついた。

 ♪古いアルバムめくり ありがとうってつぶやいた…。

 兄への思いを素直に歌詞にのせることができた。曲が浸透すると、身内を亡くした人から「癒やされた」などと共感する声が多く寄せられた。自身も、この曲を歌うことで、兄への悲しみがようやく和らいだ。

 震災後の4月30日に行った東京公演では、BEGINと一緒に歌った。会場には、ハンカチで目頭を押さえる観客も。そういう姿を見てきて、改めてこう実感している。

 悲しみは分かち合えるんだ−。

                  ◇

 ≪Plus≫

 −−急性咽頭炎で昨年11月6日の山形公演など4公演が中止や延期になりました

 「音程が出ない部分が出てきて、本来の形で歌えなくなりました。山形公演の前々日ぐらいに事務所関係者に状況を伝えました」

 −−活動休止中は、どのように過ごしたのですか

 「約2週間、マスクをして家族とも話さずに過ごしました。医者から薬をもらい、はり治療に通うなど、いろんな治療を試しました。次第に声は出ましたが、全身でエネルギーを伝えるように歌う自信はありませんでした。細々と歌うのは嫌なので引退も考えました」

 −−復帰は11月20日の東京公演。早かったですね

 「長い間、指導してもらっているボイストレーニングの先生が、私の歌声を聴いたときに『まだまだ大丈夫よ』と認めてくれたので、自信が取り戻せたんです」

                  ◇

【プロフィル】森山良子

 もりやま・りょうこ 昭和23年1月、東京都生まれ。42年1月に「この広い野原いっぱい」でデビュー。「さとうきび畑」など数々のヒット曲で知られる。平成17年には愛・地球博の開会式で、長男でシンガー・ソングライターの森山直太朗さん(35)が作曲した公式ソングを披露した。今年はデビュー45年目にあたり、全国を巡る記念ツアーを実施中。6月24日は福井市、同25日は岐阜市、7月17日は横浜市で開催。同27日にシングル「6つの来し方行く末/Verse〜ほほえみに包まれて〜」を発売する
Posted at 09:22 in School | WriteBacks (0) | Edit
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