Apr 28, 2010

交通事故後の精神的ショック

今年に入り2カ月連続で交通事故を起こしてしまった。 1つ目は、駐車中の車にちょっとぶつかった程度であるため、衝撃にも大きくはなかったが、第二は、オートバイと接触事故だった。以来、運転するのが怖くて、交差点でものろのろと曲がっていたり、必要以上にスピードダウン運転しまうので、不必要な危険である。しかし、車がないと生活できないので、毎日運転している必要がされておらず、交通事故の後、2ヶ月、本当に精神的なショックが大きく、日常生活にも支障が出るほどだった。また事故起こしてと思わない。
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 夏の甲子園に出場した岡山代表の関西は大会第6日の11日、九州国際大付(福岡)と対戦、延長十二回3−2でサヨナラ勝ちを収めた。試合は息詰まる投手戦となり、センバツ準優勝の強力打線を相手に、水原浩登投手(3年)が148球を投げ抜き、被安打5の完投勝利。打っては渡辺雄貴主将(同)が全得点をたたき出した。関西は第10日の15日第3試合(午後1時開始予定)で、東京都市大塩尻(長野)と明豊(大分)の勝者と対戦する。【原田悠自、川畑展之、今井美津子】
九州国際大付
  000100001000 =2
  000100010001X=3
関西
 (延長十二回)
 四回、2死球などで1死満塁のピンチを迎えても、水原投手は動じなかった。「コースを厳しく突かないと打たれる」。前日には防具を着けた打者を立たせ、内角を投げきる練習を繰り返していた。「攻めた結果の四死球は仕方がない」。続く打者に押し出しの四球で1点を献上したが、落ち着いて後続を打ち取った。
 その裏、1死から打席に立ったのは渡辺主将だ。前の打席で併殺打に倒れており、「絶対打つ」と気合いが入っていた。5球目のスライダーを引っ張ると、弾丸ライナーで左翼席に飛び込む同点本塁打。母佳子さん(51)は「感無量の一言」と喜びをかみしめた。
 そのまま同点で迎えた八回には、1死二塁で再び渡辺主将が打席へ。直球を逆らわずに右翼手の前に落とした。走者の妹島正明選手(3年)は「回れ!」と大きく腕を回す三塁コーチの小林一樹選手(同)を見て一気に生還、勝ち越した。スタンドにいる野球部員の倉谷雄大君(同)が「ナイスランナー!」と飛び跳ねる。
 しかし九回、疲れが見え始めた水原投手は1死二塁で右翼線二塁打を浴び、同点とされる。勝利目前で追いつかれてスタンドは静まりかえったが、水原投手は「味方の援護を信じて腕を振った」と低めに丁寧に投げ、勝ち越しは許さない。
 延長戦に入り、迎えた十二回。「裏の自分たちが有利だ」と円陣を組んだ。この回から交代した相手投手の球筋を見極め、2四球などで1死一、三塁に。三たび好機に打席に立った渡辺主将の打球は、高いバウンドで二塁手の前へ。「行くしかない」。三塁走者の小倉貴大選手(同)は迷わず本塁へ。送球より一瞬早く本塁へ飛び込んだ。セーフ。サヨナラ勝ちだ。
 「勝ったぞー!」。スタンドで見守った選手や家族らが抱き合う。水原投手の父佳忠さん(42)は「浩登は辛抱強く投げてくれた」。激闘を終えた甲子園には、今春のセンバツで流れることのなかった校歌が響きわたった。
 ◇初戦飾り母に最高の恩返し−−関貴典捕手(2年)
 春のセンバツでは、レギュラーとしてグラウンドに立つ兄の関泰典右翼手(3年)の存在を、甲子園のスタンドからはるか遠くに感じていた。女手一つで支えてくれた母奈知子さん(43)に、兄と2人で晴れ舞台に立つ姿をどうしても見せたい。最後のチャンスのこの夏、その思いを実現した。
 センバツ後、上級生の投手にも気後れせず大声でもり立て、強気のリードで引っ張るよう心掛けた。ずぶといプレーが江浦滋泰監督の目にとまり、6月にレギュラーの座をつかんだ。
 しかし、同月下旬に扁桃炎(へんとうえん)で入院。声を枯らしたまま練習を続けたのが原因だった。食事も満足に食べられず、約10日間の入院後は体重が5キロ減った。「岡山大会に間に合わないかも」と焦っていた我が子に奈知子さんは、重さ約600グラム、直径15センチほどの巨大おにぎりを毎朝持たせた。めったにアドバイスをくれることのない兄も、「もっと食べろ」と自分のおにぎりを分けてくれ、体重は大会前には元に戻った。
 甲子園の電光掲示板に並んだ息子2人の名前を見て、「夢みたいで信じられない」と話す奈知子さん。その母の前で弟は、捕手として内角を中心にした強気の配球で相手の強力打線を5安打に抑え、七回には盗塁を試みた走者を刺した。試合後、ふだん兄弟を意識しないという兄は「貴典と出られてよかった」と笑顔を見せ、弟も「勝って母さんに最高の恩返しができた」と汗を光らせた。【原田悠自】
 ◇効いたOBの発破
 ○…関西のスタンドには、1948年の甲子園初出場時の野球部OB、小河原源太郎さん(80)=写真中央=が応援に駆け付けた。2年生ながら7番・二塁手として出場し、8強入りを果たした。会社を定年退職して以来20年間、週末には野球部の練習を見に行き、「甲子園に連れて行って」と発破をかけていたという。自分と同じ大舞台に立つ後輩たちに向け、「高校野球ができるのは今だけ。精いっぱい楽しんで」と声援を送っていた。
 ◇躍動する関西魂
 ○…一塁側アルプススタンドの前列には、オレンジ色のシャツを身にまとった応援団員13人が並んだ=写真。背中には「関西魂」の文字。いずれも野球部の1年生部員で、「かっとばせー」と大きな声でスタンドを盛り上げた。7月初旬から毎日約3時間、グラウンドで校歌を歌うなど声出しや踊りの練習に励んできた。団長の森川誠也さん(1年)は「何が何でも先輩たちに初戦突破してほしい」と、大きな身ぶりで声援を送っていた。

8月12日朝刊

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